北風小僧の寒太郎(における白看板)

ニュースでは冬将軍がやってきたといっているが、この表現、あまり好きじゃない。個人的には「北風小僧の寒太郎~今年も町までやってきた」の方が好きだ(なんのこっちゃ)。“みんなのうた"で今でも流れているのかはわからんが・・・多分やってないんだろうな?子供の頃は季節の歌、冬の歌、程度の認識だったわけだが、堺正章の歌唱は何故かこの歳になると「沁みる」。あのアニメーションも多分、今になって見ると「沁みる」のかもしれないと思ってyoutubeで探したらあって。何回か再生したが、やっぱり「沁みる」。歳なのか?(笑) 途中に入る標識の構図。その標識の上に寒太郎がいるわけだが、つまり新潟方面から東京に寒太郎(寒波)が「向かっている」わけである。その標識とは"高崎250km・渋川87km"と書いてある白看板だ。昭和40年代まで設置された旧標識・白看板。時代を感じさせるのがまた「沁みる」ポイントの一つである(笑)。渋川まで87kmで新潟方向・・といえば、やはり、三国街道、国道17号なんだろうなぁ、とGoogleMapでR17を辿れば、渋川から石打で86kmと出た。現在で言う関越道塩沢石打IC付近の想定なのか。だけど、石打から高崎に向かうと100km余りで着いてしまうのである。ここはどこなんだろう。石打からNHKがある渋谷まででも210kmか。250kmともなれば、東京湾を出てしまう。ここはどこなんだ?高崎250km・渋川87kmという条件を満たす場所はやはり上空(の寒気団)なのだろうか。

白看板 いわゆる白看板ってやつはこれだ(この標識は撤去済みで現存しない)。白地に紺文字、赤矢印で書かれていることが多い。主に古くからある道、例えばパイパスが開通して旧国道に格下げになったような道路に稀に現存するが、最近見かけることは少ない。老朽化が進んで撤去されるか、青地に白文字、白矢印の現行の標識に更新されるのがほとんどである。これは会社帰りに携帯電話で2005年3月18日に撮影したもの。場所は船川街道(旧県道?)、消防署(天王南分署)やゴルフ練習場の付近である。天王町が合併、潟上市になって間もなく無くなった記憶があるが、合併が2005年3月22日だからもしかしたら4月には撤去されたのかもしれない。つまり、この写真はこの標識の本当に最期の様子である。撤去される情報なんてもちろん持ってなかったけれど、何故か撮ったのよ、毎日通る道なのにわざわざクルマを停めて。撮らせたんだよねー、血が(笑)。ヒュルルルルルルン。