日ハム一位通過
現時点では「一位通過」という表現しかできないが、このまま優勝が決まれば日ハムとしては1981年、あの大沢親分が監督だったとき以来。あの頃はパ・リーグはまだ前後期制で、前期優勝は確かロッテ。つまりあのときもプレーオフで勝って日本シリーズに出たわけだ。昨年のロッテも御無沙汰の優勝だったが、日ハムも勝てば御無沙汰の優勝になる。是非がんばってシリーズには出て欲しい。 81年といったら二昔以上前だ。そう、セ・リーグは藤田巨人が優勝、最初で最後の後楽園決戦となったあのときの話である。最初で最後というのは後楽園としてはもう球場が無いことはもちろんだが、日ハムとしても北海道に移転してしまったから東京ドーム決戦も有り得なくなってしまったからだ。81年のシリーズは子供心に良く覚えている。4勝2敗で巨人が日本一になったのだが、王が前年に引退して巨人の打線ががイマイチといわれた年の日本一だったこともあるが、日ハムの2勝は秋田出身の工藤幹夫が挙げた勝利だったから、ということも記憶に残っている原因の一つだろう。青いユニフォームで帽子はnhマーク、胸に二段でNippon Hamと書かれたそれはなんとも言えないダサさを醸し出していたが、この年を最後にオレンジのユニフォームに変更してしまったので、それもまた記憶に残る原因の一つかもしれない。オレンジのユニフォームに変わった82年は工藤が20勝したから、工藤の印象としてはどちらかといえばオレンジの方が残っているけど。 確か第一戦は江川と高橋一三の先発。そう、一回にいきなり江川がソレイタにホームランを打たれて。デーゲームに弱い、外人に弱い、一発病っていう江川の弱点を出しまくって、ずっと巨人が劣勢で、終盤に追い付いてきて9回に抑えに出てきた日ハム江夏から代打松原がホームランを打って同点になったが、その裏に巨人の抑えのエース角が打ち込まれてサヨナラ負け。この試合は何故か鮮烈に覚えている。二戦は西本が勝って、三戦は定岡が負け、四戦は江川で勝ち。五戦は西本で勝って王手。六戦が江川で日本一。キャッチャーは当然山倉だった。打つ方はといえば、中畑、原、ホワイト。日ハムはなんといってもソレイタ、あと柏原。デーゲームの日本シリーズは学校から帰ってすぐ見れたんだよね。 日ハムとしての日本一はまだ無いはずだ。調べてみたら62年の東映フライヤーズ以来日本一が無い。是非、日ハムとして日本一になってもらいたい。