千代の富士

千代の富士が関脇だった頃から引退するまでが相撲を一番面白がって見ていた頃だったなぁ。関脇の頃は輪島と北の湖が横綱でいわゆる「輪湖時代」で、二代目若乃花がいて。先代の貴ノ花が大関で、その下に隆の里、増位山、琴風、朝潮(当時は朝汐)あたりが千代の富士との出世争いをしてたっけな、面白かったよなぁ、大相撲。あの身体でもあっけなく死ぬんだなと。晩年はついてない人だったね、理事選挙で落ちたりしてさ。まぁ身体のこともあったんだろうけれど、陣幕(先代九重、元北の富士)と名跡交換して陣幕が理事長になれなかった、この時点で流れがなくなったんだろうかね?その後の仲違いとか、いろいろ噂はあったけれども。勝昭さんは今何を思うか。