大相撲に見る移民政策のツケ
「かくりゅう(鶴龍)」といえば、少なくとも自分にとってはジャンボ鶴田と天龍源一郎の「鶴龍コンビ」を意味するものであったが、今や「かくりゅう(鶴竜)」とはモンゴル出身の新横綱候補を示すらしい。白鵬、日馬富士と合わせて横綱三人、幕内ではその他に6人ものモンゴル出身者がいる。もはやモンゴル大相撲になってしまって久しいのである。ついでに言えば、その前の横綱は朝青龍であり、大相撲の最高位である横綱は四人連続モンゴル出身である、と言うのが事実である。一体どの辺りが「国技」で一体何が「日本相撲協会」なのだろうか。 物心ついた頃には北の湖のふてぶてしい顔を見ていた。彼は胴長短足で格好悪いくせにやたら強くて嫌いだった。対する輪島の筋骨隆々とした身体の方が見ていて格好良かった。大関陣には貴ノ花(父)や魁傑、関脇以下も麒麟児、富士桜、鷲羽山など個性派揃い。その下の平幕にその次の時代を担う琴風や北天佑、隆の里、千代の富士らがいた。後には優勝31回を誇り、国民栄誉賞まで受賞した大横綱となる千代の富士こと九重親方が相撲協会のナンバー2である事業部長の座にありながら理事選挙で落選したのは記憶に新しい。落選に際していろいろ言われているようだが、詳細は知らない。 それは、角界が伝統と称して弟子を殴る蹴るで好き勝手やってきたり、八百長で現役の大関が追放されたりしたのは最近のことだが「要するに協会は腐っている」その象徴だと思われる。そもそも日本人が力士になりたがらない現状は角界全体が腐ったからなのか、腐った結果そうなったのか、どっちが先なのかはよくわからない。少子化の中、わざわざ不健康そうな競技を選択する理由も無いのかもしれない、メタボリックなんて言葉が出る前から、相撲取り=糖尿病とか内臓疾患って人は結構多かったのも事実である。 それはさておき、日本人最高位である稀勢の里や琴奨菊があの体たらくでは、外国人力士が台頭するのは当然である。モンゴル人が特段強いとは思わない、日本人が弱いのである。弱いと言うか、弱くなったのである。小錦、武蔵丸、曙というもっと強力な力士に若貴は互角に戦っていたし、当時のハワイ勢はの馬力はモンゴル人の比ではなかったと思う。いずれにせよ、外国人を安易に「移民させた結果である」と個人的には見ている。労働者階級に外国人を移民させるといずれ彼らは「横綱」に君臨するのだ、という教訓を相撲に見ることが出来る。相撲の現状そのまま、一体何が「日本」なのだろうか、と国を案ずることにならないように願う。