余震ってレベルじゃない

7日夜、風呂から上がってTwitterやらFacebookやらを見ていたとき、23時32分頃に携帯電話の緊急地震速報が鳴った。正直言ってまたかと思った。オオカミ少年じゃないけどあの3.11から既に9回も鳴っててどうせまた大したこと無いだろって思っていたらほどなくして大きく横揺れ、まさに3.11レベルの揺れが来た。地震だ、と叫んで寝たばかりの奥さんに既に寝ている息子の保護を頼み、懐中電灯とラジオを確保した。自分も寝ようと思っていたので暖房やリビングの照明はもともと点いていなかったが、揺れが続くとともに無停電電源装置が働きピーピー鳴り出して停電したことがわかった。まぁ、どうせ寝ようとしていたんだから停電自体は別にいいんだけど、あのショックから立ち直りかけていただけにものすごく凹んだ。 ラジオを点ける。こんな時はNHK第一に限る。電池で聞けるラジオは我が家には3台あって、3台とも電池が入っている。宮城県沖でM7.4の地震が発生。宮城で震度6強、秋田市は5強と報じた。余震ってレベルじゃない。奥さんは恐怖を抱くとともに、このまま停電だったらご飯炊けないねぇと言った。保育園はどうしようか、保育園?停電ならやらないでしょ、まぁ停電なら仕事にならないから俺が休むから心配しなくていいし。病院は休めないからそっち優先で。などという会話をしつつ、外は雨も降っていて本当の暗闇の中ラジオを聞きながら携帯電話でFacebookを更新したりしつつ寝た。携帯電話のネットがつながるってだけでも気分は違う、3.11は何もできなかった。メールも友人やオヤジにつながった。無事ならいい。 8日、5時半頃起床。まだ停電しているのは明らかだった。大雨で暗い。コンビニその他は期待できないし、電子レンジも使えないだろう、ランチジャーに弁当を持っていこうということで前に使っていたランチジャーを出し、奥さんはご飯を圧力鍋で炊くことにチャレンジ。昨夜炊飯器にセットされたままのコメと水をそのまま鍋に移して10分加圧、10分蒸らす。ちょっとお焦げがある程度にうまく炊けた。LPガス、何て素晴らしい。オール電化ならこうは行かないのだ。お弁当を手際よく作って余ったご飯は昼に我々が食べることにし、朝飯は買ってあったパンを食べることにした。トーストはできないが、まぁ、ジャムとか塗れば食べられる。コーヒーもお湯があれば無問題。ラジオによれば水が出ないところもあるようだ、水はきついよね。息子を起こす。みんなでろうそくの明かりでパンを食べる。朝なのに暗いのは何かつらい。 7時半、どうせ電気が無ければ仕事にならないだろうし、保育園もこの様子なら休みだろうということで、自主的に自宅待機する旨、課長に連絡。メールが使えるのはありがたい、返信が来る。OKが出た。息子をクルマに乗せ、奥さんを職場の病院まで送りつつ、保育園に立ち寄って「今日は休みですよね?」と、一応。センセが一人いたが、一応。やらなくもないだろうけど停電なら給食も出ないし、どうしようもない。信号機が止まっている。国道の横断は不可能だ。なるべく左折を多用するルートで迂回しながら病院まで走る。奥さんを送り届け、ラジオを聞きつつ自宅に戻る途中、同僚のJ氏からパッシングを受ける。駐められるところで停まって話す。一応会社に行くそうな、ご苦労さん、俺は帰るよ。って帰ったところで薄暗い雨の中。自転車の練習も出来ないし、さてどうしようかと。 雑誌・てれびくんの付録でも作ろうかと、ゴーカイジャーのペーパークラフトを息子と一緒になって作る。寒い。旧来のストーブなんてうちにはないし、3.11のときも寒かったけど今日も雨で寒いのだ。息子にはパーカーを着せて、自分はハクキンカイロに点火してフランネルのシャツの胸ポケットに仕込んだ。快適。正午を過ぎても電気は復旧せず。ただ、秋田火力が動いたというニュースを耳にしてこれなら復旧は早いなと思った。薄暗い中玉ねぎとにんじんとベーコンを刻んで朝に炊いたご飯と炒めてチャーハンを作って息子と食べる。奥さんからメール、電気点いたよと。こっちはまだだけど、これならもう少しで点くかなと期待。 お昼を食べ終わる頃、電気が復旧した。その直後息子はリンゴジュースを盛大にぶちまけてくれた。やれやれ。約13時間停電していたわけだが、深夜帯が含まれるので実質困ったのは朝。これを来るべき東北電力の計画停電の予行と捉えると、概ね想定の範囲内ではある。今のところ保育園がどうなるのか、何も方針が無い。それが困る。後はどうにかなりそうなのだが。余震が収まりつつあって会社からも義援金を送金して新年度、気分も入れ変わろうかと思った矢先、またしばらく引き摺りそうだ。