新聞を止める
新聞を止めることにした。長らく配達で読んだ秋田魁新報、月極2950円の日刊新聞を止めるため販売店に電話した。「何か問題でもありましたでしょうか?」と変な気を遣わせてしまったが、新聞社、販売店、配達員、それぞれ何の問題も無いことを伝え、10月1日以降の配達を停止する手続きを取った。よほどのことが無い限り復活は無いと思うが「またよろしくお願いします」と言われ、電話は終わった。 紙資源、大きく言えば森林資源のどうのこうの、CO2のどうのこうのとかを語ろうとは思わない。仮に年間35400円を節減して一回飛行機に乗ったらCO2のことは言う資格が無くなるから、そういうことではない。単純に、日刊新聞をそれほど必要としなくなった、ということだ。新鮮な情報はネットで随時得られる。その記事を翌日の新聞で読み返してみてもこれといった再発見が無い。それほど深く掘り下げているとも思えない。そう、面白くないのだ。 秋田さきがけは昨年、夕刊を廃止した(さきがけはこれによって3007円から57円値下げすると言ったが、実は実質の大幅な値上げであった)。夕刊の無いこの一年が非常につまらなかった、というのもある。朝刊に統合した割には内容が薄くなった気がしていた。天気予報から天気図が廃止されたのも大きく不満だったし、将棋の棋譜も毎日載らなくなった。細かいことを言えば色々あるが、要は読み物としてつまらないということだ。 では、代わりに例えば読売とか朝日とかの全国紙を読むか、というとそういうわけではない。ついでに、習慣的に?常識的に?惰性で?取っていた新聞を止めてみて、古新聞が家の中に無い状況というのはどういうことなのか、というのを味わってみたいというのもあるのだ。まあ、古新聞が無いと困る状況ってあるんだよな、塗装の際のマスキングとか(笑)。んー、単純に貧乏だというのもあるけれどね。