自宅サーバを辞めるに至る理由

公開用の自宅サーバ(以下鯖)の運用開始に至った理由のそもそもは、とあるML並びにそのweb用として「緊急に」用意したものであった。とあるML管理者が突然管理を辞めると同時にサービスまでも廃止されたのである。まさに私財(笑)を投入し、個人の時間を削って作成・維持・管理をし、また、個人の回線の帯域をも提供して「受け皿」を作ったというのがきっかけであった。MLは多い日は20通/day、少ない日はゼロではあったがゼロな日はほとんど無い(3日とゼロな日は無かったように思う)、少なくても3通/dayくらいはあってそこそこの賑わいがあったし、当時はそのまま消すわけにもいかなかったのだ。 私は当時、管理者並に投稿していたので(笑)まぁやらざるを得ない状況にあったし、誰もが認めるところであったと思う。当時は無料のサービスなんて無いに等しかったし、あっても広告が入る、メール数や人数に制限があるなど「うざい」サービスばかりだったのだ。また、がれえじみなかわは元々はgeocitiesに「遊び」で作っていたページであったが、東京から秋田への引越しを機に、友人が管理するeast-urawa.comに移動していたのだけれど、ここもホスティングに変えるとかいう事で容量不足になるため「引越し」をすることにした。アドレス自体は生きていてまだつながる。http://east-urawa.com/minakawa/。で、これは統合しようと考えた。それでダイナミックDNSでバーチャルドメインで2つのドメインをADSL(当時・後にフレッツ光)で運用し、鯖は自作のATでLinux、そこにMLを動かすという、なんとも貧弱ながら豪快なことをやり始めたわけである。2000年頃のことだ。 ありがたくも「御布施」をいただきながら何とか運用してきた。PCはもちろん作成・管理する時間は寝る時間を削り、電気代はもちろん自前であるが、私はデータセンタではないので時にはハードウェアの故障、ソフトウェアのバグ、HDDを3度ほど吹っ飛ばしたりと痛い目に遭ってきた。それでもまぁ、何とか支えられてやってきた。しかしクルマが突然死んで、奥さんの入退院が続き、んで以って子供が生まれる前になったときに鯖が完全に死んでしまって申し訳ないがMLに関するモチベーションが保てなくなってMLは辞めた。そんな事に関わる気力も体力も時間もゼロだった。が、個人的なことについては「細々と」続けることは出来て現在に至る。 公開用以前の時代には、奥さんがMacで自分がWindowsだったということもあってSamba/Netatalkで供用ファイル鯖を必要とした。それはもう結婚したときに考えたことで、今から10年も前の話である。以来、ずっとVineLinuxのお世話になってきた。Ver0.9の頃からである。1.1、2.1、2.1.5、2.6、3.1、4.2と使ってきたが、いよいよVineの先行きが怪しくなってきた?というのもあるし、かといってCentOSなどに乗り換えてやっていくという意気込みも無い。そんな時間は今無いのだ。PC相手に格闘する時間は全て息子相手に格闘する時間に代わったのである。 単純に馬鹿馬鹿しくなったから、というのもある。当時は珍しかったというのもあって優越感もあったりしたが、今や結構みんなやってる。しかもレンタルサーバの仕様がどんどん良くなってきているのだ。昔はCGIは動きません、ftpのみ、とか言いやがる高飛車で使えないレンタルばっかりだったが、今はrubyもPHPもSQLもsshも使えるサーバが月額1000円もあれば借りられる。これは自宅鯖の電気代をも下手すると下回るかもしれない。停電や落雷、故障、火災に怯える必要も無いし、息子がいたずらして電源を切ってしまう虞も無い。レンタルの方がスマートである、ということになったのである。時代が追いついたのだ。

エア抜き

マーチのリヤブレーキは先週O/Hしたが時間切れでフロントのエア抜きをしていなかった。洗車をして、車内に掃除機をかけ、ダッシュボードを拭き、ガラスも拭いた。シートクリーナーもかけた。こんなに徹底的にやったことはない。最後にエア抜きをして、下回り洗浄、シャシーブラック仕上げ。