よくわからない芸術点、しかしまぁ、体操男子団体は文句無く美しかったから金メダルが取れたのだろうし、アメリカの選手からも日本選手の演技には拍手を得たくらいなのだから完璧だったのだろう。しかしよくわからんのがシンクロだ。とにかく日本は「日本」とか「和」にこだわりすぎだと思う。ジャパニーズドールとか阿波踊りとか空手とか忍者とかでロシアを越えられないのは当然のような気がする。そんなので通用しないのがわかっててやるのは特攻作戦と同じだ。欧米人の審判、欧米人の観衆に(つまり世界で通用する)完璧で美しい演技をすればその演出が日本人形だろうと阿波踊りだろうと結果的に一位を取れるのではなかろうか。つまり彼らに対してわかりやすい演技を展開するという基本の上に日本的な味付けを施す、というのが筋であって、ハナから「和で勝負」というのは間違ったアプローチだと思う。それを証拠に体操、例えば平行棒にはモリスエ(もちろんあのロス五輪の森末慎二が開発した技)、タナカ(アトランタ五輪代表の田中光が発表した)などと日本人の名前がそのまま命名された技がある。ある意味柔道もそうなのだが柔道は日本が発祥の地であるだけに当然だ。しかし体操の日本人名の技は日本人として誇らしいではないか。つまりこれらは世界に通用する(した)技なのである。した、と書いたのはいずれ通用しなくなるかもしれないのだ。塚原のオヤジが開発した月面宙返りや笠松が開発したカサマツ跳びなどはもう当たり前の領域だ。ま、要するに変化球勝負ではなく直球勝負で挑むべきだと思う。端的に言って美しくないから負けたのだ、と思うわけ。
思想的には、右寄りのセンターではあるが、日本の国旗が掲揚されて国歌が吹奏されるのはなかなか悪くない光景である。日本の旗はシンプルで良い。それだけだ。君が代も歌詞の中身をとやかく言う人が多いが、筆者は単純に「吹奏楽として極めて荘厳であり、なかなかよろしい」と思う。国旗と国歌はそもそも戦争と直結するものではないしね。