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屋根の無いがれえじで涙する


2013-05-11 勉強

_ [] 博物館

天気が悪いマンツーマンの一日。しかも飲み過ぎた次の日。静穏に過ごしたい。午前中はレゴブロックの制作でおとなしくしてくれた。午後はどうしようかと、博物館に行くことにした。雨の日の博物館は悪くない。企画展 霊峰鳥海に祈る人びとを見て、常設展示を見る。 博物館

_ [個人][] 旧下新城村道路元標

さて、ついでに地元のことを少しは勉強しようと。我が家のある秋田市下新城は旧南秋田郡下新城村である。昭和29年に太平村・外旭川村・飯島村・上新城村と共に下新城村は秋田市に編入合併している。翌年、金足村の一部が旧昭和町(現・潟上市)へ、そして残りの金足村が秋田市に合併し(何故分裂したんだろう)、いわゆる平成の大合併で河辺町と雄和町が合併するまで長らく現・秋田市の原型となったわけだ。 下新城村役場はどこにあったか。それは現在の下新城地域センターである。ここへは何度となく足を運んでおり、歴代村長の名前と写真ももそこには掲げられているのを知っている。しかしその建物は新造されたものでかつての面影を残すものではない。が、一つ遺構とも言うべきものが残っている。 下新城村道路元標 墓標のようにひっそりとあるのは下新城村道路元標である。道路元標とは、かつて明治初期から大正期にかけて各市町村に一つずつ、役場の前または主要な道路同士の交叉点に設置されたものであり、要するに明治新政府が旧道路法を施行した際に各地の道路の起点を定め、そしてそこから各地への距離を測らせたわけである。まぁ、かつての道祖神なり一里塚なり、そういったものの延長としても考えることが出来るが、要するに「ここが村の中心ですよ」ということでもある。今は設置義務が無くなったので道路の改廃や拡幅工事で撤去され少なくなっているという。秋田市内にはここと、旧河辺郡仁井田村のモノしか残っていないという。 地域センター このように、地域センターの前にひっそりと残る。


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